昭和42年03月09日 夜の御理解
先日、東京の皆さんから、牛乳を固形にしたやつを沢山送って来ております。今迄、これが成功しなかったんですね。牛乳を固形にするということ出来なかった。それが、今度それに成功して、学識会が年に一ったけ贈る賞を、今度受け取ったというほどに、ものらしいです。現在、東大の医学部の方での、糖尿病に対する牛乳は全然与えず、牛乳の固形のこれを全部与えておるということで。
糖尿病にこれが一番良いということを聞いて、早速送って来とるわけです。体に合うたら、後は続けて送りますからと言うてきてるんですよね。その中に、手紙が同封してございました。こんな手紙が入っています。「親先生ありがとうございます。父の死後五十日あっという間に送らせて頂きました。心には何一つとして凝りがあるわけではなく、何ひとつとして心配事があるではなく。
親先生のお力にお縋りして、何も無かったことの様に、送らせて頂きましてありがとうございます。厚く御礼を申し上げます。親先生本当に信心の有難さが、しみじみ分からせて頂きます。世間一般の話を見聞きし、父親を事故死さした場合、大変な事だろうと思います。それが私共の場合は、信心の分かる方は言うに及ばず、親戚の人々が信心の無い人達迄が、皆有難い気持ちで父の死を見てくださる。
本当に、ありがたいことだと思います。一人で仕事をしながら、自分で自分がお父さんは死んだんだぞと、何度も呼びかけてみますけれど、何ひとつとして悲しみはなく、帰郷の間の、親先生のお話のことが、あれこれと思い出され、ありがたい気持ちにならせて頂きます。親先生ありがとうございます。私達も一生懸命信心の稽古をさせて頂きまして、親先生に喜んで頂ける様な頑張りをしていき らして頂きます。と。
おかげを頂きまして、皆、元気でありがとうございます。」と こういう手紙でございますね。つい何十日前に父親を、然も事故死で亡くした子供が、いわば書いておる手紙である。然も、本当に私のことを糖尿病にこれが良いと思うたら、それをやっぱり送らせて頂いて、然も、それが体に合うなら、それを続けたいという様に、送って来とるものに、一緒にこの手紙が入っとたんですよ。読まして頂きながら、本当に信心とはありがたいものだと思うですね。
ですから、お互い本当に、信心のありがたいということは、ここだと思うんですよね。人間、いうならば、最大の悲しみでなからなければならないはず。然も、それが普通の死ではない。そうした事故死に合いましても、しこりどころか、信心頂いておると言う事は、なんとありがたいものじゃろうかというものしか残らない。だから、皆んながありがたいもんですから、親戚の者も何と言い様もない、だけではない、自分の周囲の者までがです。信心ちゃありがたいものですな。と。
いうてくれると、こう言うのですよ。だから、本当にここんところを、私は、信心を頂いとるということは、そういうことだと思うんですよね。信心しておって、こういうことがあった。例え、信心は止めきらんにいたしましても、そこんところを、ぐずぐすしておるといった様なとでは、私は、日頃、何時も言うております。そのことによって力を受けるといった様なことは出来ないと思うですね。
どうぞ。